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切り抜き帳
興味深い情報を提供しています
「21世紀枠に負けたのは末代の恥」の発言に対して
先日の
第82回選抜高校野球大会の野球部監督の発言ですが
単に思ったことを口に出してしまったとか、
相手のことを考えていないとかいう問題ではないと思う

きびしい言い方をすればこの監督は先生でもあると言うことだが
人に者を教える資格がないのではないか

よく、高校野球は勝ち負けでなく、人間形成を主として
教えることをと言うことを発言し、実践している監督が
多数いる

今回の発言はまったくこの逆をいっている
自分のメンツとか勝ち負けにこだわり
自分本位な考えかたを露呈している

また
「話をする気にもならん」「切腹したい」「死にたい」
などの発言が本当にあったとすれば教育者の資質を
疑ってしまう


高校生のときは誰でも未熟である
いつも、安定して力を出し切れるとは限らない

だから、負けたときほど冷静になって
生徒といっしょになって考えるたり
議論することが必要なのではないか

特に今回の試合内容は負けはしたが十分
よかったと思う


甲子園に出てくる監督は教育者として
尊敬できる監督が数多くいる
生徒に対する言動や行動に
教育としての愛情が感じられる方が多い


「高野連が(監督を)続けることに問題がない、
とするのなら、もう一度頑張りたい」と
話しているようだが
謝罪するより、基本的な教育者としての
姿勢をお話願いたいと思う


絶対にこれから世の中を背負っていく
若者を育てるという重要な役目を
おっているということを
忘れないでほしいと思う


参考記事:読売新聞

「21世紀枠に負けたのは末代の恥」開星監督

「末代までの恥」発言・開星監督、涙の釈明
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マーク・マグワイア薬物使用認める
マグワイア氏、薬物使用認める「後悔している」

1990年代に米大リーグを代表する強打者として活躍したマーク・マグワイア氏(46)が
11日、現役生活の間にステロイド(筋肉増強剤)を使用していたことを認めた。
AP通信に送った声明で、マグワイア氏は「心から後悔している。ばかげた過ちだった」と、
沈痛な調子で当時を振り返った。

マグワイア氏は声明で、90年代を通じて断続的にステロイドを使用していたことを告白。
シーズン本塁打記録を打ち立てた98年にも使っていたという。 

同氏は「長い間、私は薬物使用の事実を告白したいと思ってきた」と述べるとともに、
「“ステロイド時代”ではない時代にプレーしたかった」と悔恨の情をあらわにした。

マグワイア氏、薬物使用認める「後悔している」 
ラグビー第46回全国大学選手権決勝(帝京大vs東海大)
ラグビーの第46回全国大学選手権の決勝を見た。
(帝京大vs東海大)

まれに見るすばらしい試合だった。
点差もさることながら、ノーサイドまでどちらが
勝つかわからない試合で非常に見ごたえがあった。

ラグビーの試合というと人の塊ができて
すぐ笛がなってプレイが中断されるという
イメージがある。
この決勝はインプレイの時間が長かった。
解説によると、両チームとも技術レベルが
高くないとすぐにゲームが中断されるという。

そういえば不利なほうが反則して
プレイが中断していたように思う。

つまりこの試合は質の高い好ゲーム
だったと思う。

ただ、残念なことには同じ大学スポーツでも
マスコミの取り上げ方に公平さを感じられない
ことだ。

正月の箱根駅伝を好きで毎年見ているが、
往路こそ順位がめまぐるしく代わり
たが復路は優勝争いもシード権争いも
差がつきすぎて少し興味が失せた。

スポンサーになっている関係かもしれないが
駅伝が終わっても、駅伝に関する番組を
数回見たし、この大学選手権決勝の後も見た。

すばらしい試合はジャンルに限らず、
公平に伝えたほしいと思う。

帝京大、東海大に競り勝ち初優勝…ラグビー

伊達公子さんの好調の秘密
TV asahiの報道STATIONで松岡修造氏が
テニスの伊達公子さんがなぜ強いか、解説していた。

精神的に勝つことを義務と感じていた心境から開放されたのが
大きなことと思っていたが。
経験からくる、技術的な裏ずけがあったのだ。

打ち合っている最中に、相手のしぐさ、向き、力の入れ具合だけでなく
表情、顔等細かいところまで、よく見ている。

だから、相手の打ってくるコースを事前に判断できるのだ。
天性のものがあるなだろうが、実によく見ている。

孫子の兵法の”彼を知り己を知れば、百戦して殆うからず”を
言葉どおり実践している。

これはスポーツだけでなく、仕事、趣味などすべての基本で
あると思った。

妙に、恐怖感を持ったり、自信をなくしたり、自分の能力のなさを
嘆く前に、情報を集め、相手や周りを穴の開くほどよく見ているだろうか、
と自己反省してしまった。

一流と呼ばれる人は、年齢による衰えを経験という財産によって
カバーしているということを知らされた思いであります。
振り出しに戻る
野球のシーズンで、大リーグの試合ををよく見る。

試合の興味を半減させるのにアナウンサーの”振り出しに戻りました”
の語句の引用である。

振り出しの意味はいろいろあるが、おそらく ”双六(すごろく)で賽(さい)を
振りはじめる出発点。”の意味で使用していると思う。


ひどいときは7回表の攻撃途中で同点に追いついたとき、
”振り出しに戻りました”というときがある。

同点になりましたで十分だと思うがなぜ”振り出しに戻りました”
という語句を使わなければならないのか?


そもそも、1回で同点のときと終盤で同点のときとはまるで
攻撃のための戦法が違ってくる。

振り出しに戻るのは日没または時間切れなどで引き分け再試合の
時だけであると思う。それでも、投手力が違えば振り出しに
戻っていないのかもしれない。

人によってはどうでもよいことなのかもしれないのですが、
スポーツの本質がわかっていない言動と思ってしまいます。